

1973年の開校以来、卒業生の数も東京・大阪合わせて36,000人を越えるまでになり、親子二代がトラベルジャーナル学園出身といった卒業生も徐々に増えつつあります。観光業界をはじめとするホスピタリティ産業の仕事は、お客さまからの感動的な「ありがとう」の一言が働く動機にもなっていることから、本人が望むならこの道に進ませたいとお考えの保護者の方が多い業界でもあります。
お子さまを本学園に進学させた保護者の方が、仕事や私どもの学校に対し、どのように感じ、どのように考えておられるか…親子対談・インタビューの一部をご紹介します。



直樹:高校時代、好きだった鞄のブランド「PORTER」。その名前の由来がホテルでお客様の鞄を知り尽くす「ベルマン」からきていると知り、初めてベルマンという仕事があることを知りました。それ以来、ベルマンという奥の深そうな仕事に就きたいとあこがれていたんです。高校の進路相談会で初めてホスピタリティ ツーリズム専門学校大阪を知り、しかも「ホテル科」があると聞いた時には「夢が叶うかもしれない!」と嬉しくなり、真っ先に母へ伝えました。
母:直樹は、幼い頃から人とふれあうことが好きなのでこの業界に向いているのかなと思いました。早速、一緒にオープンキャンパスに出かけましたが、先生たちが温かく迎えてくださり、好印象でしたね。
直樹:夜間部は暗いイメージだと勝手に思い込んでいたので、最初は昼間部を志望していたんです。ところが説明を受けて、「夜間部企業研修制度」を利用すれば、業界の第一線で経験を積み報酬をもらいながら学校に通える。“ただの学生”じゃないところが逆にカッコイイなと思いました。決め手となったのは、やはり自立進学できるということ。以前、母からは「大学に行くお金はないから」と宣言されていたので、負担はできるだけかけたくなかったんです。

直樹:昼間働いて得た報酬が月に約14~15万円。支出は、月払いで支払う授業料が月4万8000円。生活費として2万円を家に入れています。また、生活に余裕を持ちたいので、奨学金も月3万円借りています。学費が昼間部のほぼ半分、その上、昼間にしっかりと働ける夜間部だからこそ、自立進学ができたのだと思います。
母:自分で学費を稼いでくれることは、自立心が養われるので、本人のためにもなります。うちでは、高校を卒業すると「大人扱い」。和也(長男)の場合も、入学金以外の学費は、奨学金とアルバイト代で賄うようにさせています。

直樹:「夜間部企業研修制度」を利用してホテルニューオータニ大阪で憧れのベルマンとして働き、1年半が経ちました。ここには、著名人、スポーツ選手、家族連れ、出張のビジネスマン、外国人観光客など、いろんなお客様がいらっしゃいます。人とふれあうことが大好きな僕にとっては、毎日が刺激的。ホテルマンは天職かもしれないと思っています。ホテル業界のサービスは、サービス業界の中でもトップレベル。なかでも一流ホテルは高い料金に見合うサービスで、お客様を感動させなければなりません。それを身につけるには、仕事をしながら自分で気付き、経験を重ねていくことだと思います。お客様に求められる前に、どんなサービスが必要か察知できるホテルマンになることが目標です。まずは、内定先の帝国ホテル大阪で早く認めてもらうこと。やるなら帝国ホテル大阪の歴史上、最も早く出世したベルキャプテンという記録をつくりたいと思っています。
母:ホスピタリティ ツーリズム専門学校大阪の夜間部に入学し、たくましく成長したことを嬉しく思います。今の気持ちを忘れずにがんばってほしいですね。

年子で同じ環境で育ったのに、しっかり者の長男と比べ、次男の直樹は甘えたのほうです。私も長年、百貨店に勤めているので、一流のホテルマンをめざす直樹とは、接客業について話をすることもあります。サービス業の理想を語る時の直樹は、本当に大人になったなと思いますね。これからは、母としてだけでなく、よき理解者として、成長を見守りたいですね。


僕はやりたいことを探すために大学進学を選びましたが、弟は高校生の時には、ベルマンになると決め、僕より先に夢に近づきました。頼りないように見えて、実はしっかりと将来を見据えていたんだな、がんばってるなと、たくましく見えました。内定が決まったことに満足せず、もっとビッグになれよ!



竹見くんは、生まれつきホテルマンの気品を備えているようで、彼が笑えば周りにいる人たちが幸せにします。研修先のホテルニューオータニ大阪様からは「接客態度が自然で好印象」「将来のビジョンもしっかりしている」など高く評価をされています。彼自身、天職に出会えたのではないでしょうか。住まいが京都なので、職場に行くには、相当早起きせねばならず、移動だけでも大変なのに、全く疲れをみせません。それどころか、クラスの人気者で、リーダーシップもあり、イベントなどでも最後を必ず締めてくれるので頼もしい存在です。これからも、愛される笑顔を大切にして、一流のホテルマンをめざしがんばって欲しいと思います。




高校生の時、クラスメイト全員で出席した担任の先生の結婚式は、公民館にご近所の方々が手作りの料理を持ち寄り、みんなで創るスタイルでした。私もこんなに素敵な結婚式を創ってみたいなと思ったのが、ウエディングプランナーをめざしたきっかけです。
ウエディングプランナーになるため「専門学校に行きたい」と両親に言うと最初は「短大を卒業してからでも遅くないのでは?」と少し不安そうでした。でも、短大でブライダルとは関係のない勉強をする2年間が、私にとっては、もったいないなくて。県外に出て最先端のブライダルを学びたい。ホスピタリティ ツーリズム専門学校大阪に行けば、それが叶うと思い大阪への進学を決めました。しかも夜間部は、夜間部企業研修制度を利用し、あこがれの業界で働きながら学校で学べるので、一日も早く現場を経験したい私にはピッタリ。学費も昼間部のほぼ半分で通えるため、経済的な面で親に負担をかけることもありません。大阪にしたのは、母の実家があり、兄も大学時代を過ごし、就職後も暮らしていたので安心だったから。私の決意を話すと両親は「あなたがやりたいと思うことなら」と夢を応援してくれました。

1年生の時の企業研修は、学校から紹介をしていただいた「太閤園」のレストランで、ウエディングサービスを経験。2年生では婚礼施設「ロイヤルガーデン」でチャペルアテンダントとして、新郎新婦、参列者の案内などを担当しました。大変ではありましたが、学生時代にブライダル業界の仕事を学び、体感できたいい経験になりました。
また毎年ブライダル科では、成果発表の場として、自分たちで考えたウエディングプランを発表する「ブライダル発表会」を開催しています。私は、リーダーの一人として全体の流れをプロデュースしましたが、研修での経験を活かせ、発想もふくらみ、スムーズにプランニングできました。審査員としてお招きした業界の方々からは「一人ひとりが役割をきちんと務め、しかも、みんな息がピッタリ合っていました」と高い評価をいただきました。これは、今の仕事へも大きな自信になっています。

仕事と学業の両立は、全く苦にはなりませんでした。むしろ、学校と仕事との相乗効果で、自分が夢に向かって着実に前進している充実感があります。何よりも、クラスメイトのみんなが私と同じ業界へ就職をめざす仲間ばかりで励みになりました。
今、故郷・沖縄の地で、あこがれだったウエディングプランナーの仕事をしています。ひと組、ひと組のお客様への幸せに寄り添い、誠意をこめてサービスする日々に喜びを感じながら、あらためてあの時「私の選択は間違ってなかった」と思っています。

短大に進学してほしいと思いましたが、娘の決意は堅くゆるぎないものでした。やりたいことがあるのに、親がとやかくいうのはよくないですよね。仕事と学業の両立で自立心が育ったのでしょうか。沖縄に帰り、頼もしくなった娘を誇らしく感じています。夢が叶ってよかったね。


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